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コルセットとヴィネグレット [アンティーク]

58cm

1863年に皇太子妃(プリンセスオブウェールズ)となって早39年。57歳で戴冠式(1902年)を迎えた時のアレクサンドラ妃のウェストのサイズです。57歳ですが王妃様はどう見ても30代にしか見えなかったそうです。店主もロンドンのナショナルポートレイトギャラリーでコンピューターライブラリーに納められた数多くのアレクサンドラ妃の写真(写真に写された初のイギリス王妃となりました)を見せていただきましたが晩年に至るまで驚くほど若々しく、人は美しく老いることができるのだなと確信することができました。

アレクサンドラ妃の夫君であるエドワード7世は旅好き派手好き女性好きという良く言えば自由奔放な粋人ですが父であるアルバート公のような佳き夫とはお世辞にも言えない人でした。母であるヴィクトリア女王からも「愚かな息子」呼ばわりされる始末。数多くの愛人を抱えたエドワード7世との結婚生活はヴィクトリア女王夫妻のように理想的とはいきませんでしたがそれでも二人の間には6人の子どもに恵まれました。女性の扱いに慣れていたからかもしれませんがエドワード7世はアレクサンドラ妃には礼儀正しく、冷たく当たるような真似はしませんでした。浮気者であっても紳士だったのです。

同時代に生きたエリザベート(オーストリア皇后)と並び美貌の誉れ高いアレクサンドラ妃。身体を動かすことが好きで乗馬やクロケットを楽しむなど活発な女性でした。後年は病気で足を悪くしてしまうのですが美しくあり続ける為の努力を怠ることはありませんでした。子どもの頃に父親から教わった独自の体操を続けることは美しい体型を維持するのにとても役に立ったそうです。

50代後半においてもくびれのある細いウェストを維持できた理由は体操と共にもうひとつあります。そう、ウェストをギュッと絞るあのコルセットの習慣です。特にドレスのシルエットが流行によって目まぐるしく変わる19世紀においてコルセットは時々の流行に合った理想的なラインを作り出すための必須アイテムでした。起源はよく分かっていませんが16世紀から本格的に使われ出し、革命から第一帝政終焉までの一時期のフランス(とその影響下にあった地域)を除いてコルセットはほぼ必須の存在だったのです。

補正効果は実際にありました。ただウェストを細くするだけでなく例えば1900年代初頭にはバストは限りなく前に、ヒップは限りなく後ろにというラインのドレスが流行るとそれに対応したコルセットを装着することによって横から見ると“S”の字の様になるという自然の状態では考えられないような身体のラインを作ることもできました。

誰もが一度は映画などでお姫様が御付きの者にコルセットを締めあげさせるシーンを見たことがあると思います。でも意外に思われるかもしれませんが実はコルセットは自分ひとりで装着することができるように作られています。それでも誰かに締め付けてもらった方が(特に背中)はるかに手間がかからないので身分の高い女性であれば着けてくれる人に困ることはありませんでした。ただお手伝いする方は大変でした。コルセットは締め上げる方にとっても非常に重労働な仕事だったのです。

当時の女性たちにとって着け慣れた存在だったコルセットですがもちろんリスクもありました。肋骨が折れたり酷い時には内臓の位置がずれてしまうことまでありました。それでも前述したような一時期のフランスを除いて19世紀はあらゆることに対して女性は女性らしくということを強く求められた時代で(人前で時計を見たり眼鏡をかけることもはしたないこととされていました)、また女性の着る服装は夫である男性の財力や社会的地位を示すことにもなったのでどんなに大変でも自らコルセットを捨て去ることはできなかったのです。

さてヴィネグレットについてです。女性がちょっとしたお出かけの時に自分で使うタイプのものは正直実情があまり美しい話ではないので・・・ここでは省かせていただき、上流階級の男性が使っていたものに限ってお話させていただきます。

女性が夜会の時など締め上げられたコルセットの苦しさと灯りの熱気や薄い酸素(たくさんの蝋燭により二酸化炭素が大量発生!)に耐えきれず気を失ってしまう女性も珍しくありませんでした。そこで紳士の登場です。窮地に陥った女性を救うためにこっそりしまっておいたヴィネグレットを直ぐに取り出します。ヴィネグレットというのは“気つけ薬”を入れた携帯ケースのことです。薬と書きましたが錠剤ではありません。酢酸や強い香料などを綿などに予め沁み込ませておき、いざという時に蓋を開け倒れた女性のはなに当てて正気を取り戻すために使ったのです。

本人の意図することなく倒れてしまう女性もいましたが、中には気を失う振りをして自ら倒れる女性もいました。女性は守るべき存在、可憐でかよわく儚げであるのが佳いとされていた時代であったからです。意中の男性の気を引くためにわざとかよわい素振りを見せる演技派さんです。恋の切っ掛けにもなったことでしょう。

恋を演出する小道具はいつの時代もお洒落でなければなりません。気が付いた女性の目には必然的にヴィネグレットが映ります。筒状の物、小さなブック型、小箱をデザインした物、二種類の気つけ薬を入れられるよう工夫した物など形やデザインは様々ですが紳士の持つヴィネグレットはどれも皆美しい装飾が施され、無粋な実用本位とは全く無縁の豪奢ものになっています。ただ女性を助ければいいのではなく、その場にいる誰からも紳士としての美意識や財力を認められるようなものでなくてはいけなかったからです。ヴィネグレットは一部の上流階級のみが持つことのできたものなので残るものは必然的に数が少なく手に入れにくいものになっています。現代では実際に使う機会はまずありませんがもしあなたがヴィネグレットを手に入れたなら、そっと蓋をあけて近づけてみてください。歴史の残り香をきっと感じていただけることでしょう。

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