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時に1848年 [アンティーク]

アメリカはカリフォルニアで金が発見されました。世にいう(カリフォルニア)ゴールドラッシュの始まりです。はじめに「アメリカは~」と書きましたが実は発見された1848年当時、カリフォルニアはまだアメリカの領土(州)ではありませんでした。スペイン領→メキシコ領→カリフォルニア共和国(メキシコ-アメリカ戦争中の短期間存続)と経て戦後にメキシコからの割譲を受けて正式な州になったのは1850年に入ってからで、発見された日(1月24日)もまだ戦争は終わっていませんでした(終結は同年2月2日)。もしも当時のメキシコの国力が安定したものでアメリカとの戦争も起こることなく、カリフォルニアも、20世紀初頭に大油田が発見されたテキサスもメキシコ領のままであったならその後の歴史は全く違ったものになっていたことでしょう。

カリフォルニアにおける最初の金の発見は水車の下で偶然見つかった小さな金の粒、そう砂金でした。ゴールドラッシュという言葉からイメージするのは未開の地で山師(鉱山技師)が苦労の末ついに金の大鉱脈を発見!そのニュースが瞬く間に世界中を駆け巡り世界中から大勢の人が一攫千金を求めて押し寄せる!といったものですがカリフォルニアゴールドラッシュの始まりはあくまで偶然で非常に地味なものでした。

第一発見者(サスペンスみたいですがやがて無一文になるであろう彼のその後の人生を思えば正に恐怖のサスペンスです)は鉱山技師でも何でもない、いたって普通の西部開拓者の一人でした。思わぬ発見に彼の雇い主と共に当然秘密にしようとしますが人の口はなかなか塞げないもの。別の人物によってサンフランシスコ(当時の人口は何と1000人にも満たず、町とは呼べないような一開拓地でした)に持ち帰られ、新聞事業者でもあった彼の宣伝によってカリフォルニアでの金の発見が人々に知られるようになったのです。

実は新聞事業者の彼自身は金の採掘に参加しませんでした。その代わりにシャベルやゴールドパン(砂金選鉱用の底の浅いバケツ)といった砂金採取に必要な道具や寝泊まり用のテントなどを買い占めてから自ら金の発見を公表し、採掘者に売ることによって莫大な利益を得たのです。その後も彼は採掘者が必要とするあらゆるものを販売し、新たな採掘者のためにガイドや船の手配をすることによって一代でミリオネアとなったのです。

ゴールドラッシュ期には世界中からのべ30万人もの人が一攫千金を夢見てカリフォルニアを訪れました。最も多かったのがフォーティーナイナーズと呼ばれた1849年の入植者たちで一年間で9万人に達しました。アジアからは清朝時代の中国人が大挙し、現代でも北米最大となるサンフランシスコのチャイナタウンが誕生しました。日本では江戸時代でしたが日本人も一人だけカリフォルニアで金の採掘をしていました。彼の名はジョン・万次郎です。

険しい山や海を超えずともすぐに訪れることのできる、既存の開拓者たちは幸運でした。初期の頃は個人でも簡単に採掘できたので実際に一攫千金を手にすることができました。一月で一年分以上の収入を得ることも可能だったのです。でも簡単に手に入れた利益を永く手元に残すことのできる人は少ないもの。ある程度のところでやめて元の開拓者や船乗りとして暮らせばよいものをなかなかそうはいきません。大金を手にしてギャンブルなどの享楽や事業への投資に失敗して破産する者も出てきます。そしてやがて限度を超えた大量の採掘者のために簡単な道具で採れる金は枯渇し、採掘した金をドルに換えて生活しながらまた金を探すといった自転車操業に陥るものが大勢を占めるようになりました。利益を上げたのは金を採掘する者よりもむしろ採掘者のためのビジネスをする者だったのです。有名なのは丈夫な作業着をとのニーズに応えてジーンズを作ったリーバイストラウス、金の保管、現金への換金、送金業務や護衛で守られた物資の安全な輸送などの業務を独自の駅馬車網で担ったウェルズ・ファーゴ(現存する企業です)。ちなみに創設者であるヘンリー・ウェルズはアメリカンエキスプレスの創業者でもあります。21世紀の現代では僕のお店でももちろんアメリカンエキ
スプレスのクレジットカードがお使いいただけますのでどうぞお気軽にご利用ください。

カリフォルニアゴールドラッシュは誰もが知る、人類史上初の、民族大移動をともなう世界規模のゴールドラッシュでしたが、何故これほどまでに歴史上の大インパクトになったのでしょうか?それは金が現代よりもっとずっとはるかに貴重な存在だったからです。世界中どこを探しても産出量があまりに少ないため高価に過ぎ、裕福な貴族といえどジュエリーもおいそれと新規に作ることは簡単ではなく、既にあったものを溶かして作り直すことも珍しくありませんでした。それが後にオーストラリアやニュージーランドと続いたゴールドラッシュによってわずか10年ほどの間に18世紀の産出量の100倍にまで達し、その最初のきっかけとなったのがカリフォルニアだったからです。

パナマ運河はおろか大陸横断鉄道さえもまだなかった時代(大陸横断鉄道が開通したのは1869年でカリフォルニアでのゴールドラッシュは既に終焉を迎えていました)。アメリカ西部の僻地中の僻地であるカリフォルニアはあまりに遠く、駅馬車が整備されるようになってからもどんなに急いでも東海岸のニューヨークからは片道半月以上の日数がかかりました。陸路では一度に運搬できる量に限りがありますし、こうした問題から個人レベルから大規模な商業レベルに移行し、アメリカ国内の消費にとどまらずヨーロッパへと入ってくるまでには必然的にタイムラグがありました。発見された1848年で直ぐにとはいかなかったのです。

それでもゴールドラッシュのおかげで19世紀の半ばになると臆することなく金をふんだんに、心おきなくジュエリーに使うことができるようになりました。偶然の発見から始まったゴールドラッシュ。もしも見つからなければ、あるいはそもそもカリフォルニアに金が存在していなかったなら今に残るアンティークジュエリーの作品数はもっとずっと数が少なかったことでしょう。

金を使ったジュエリーは現代品でも手に入れることができます。でも、そこには「今」しかありません。本当に手にいれるべきものは今に至るまでの100年を超える「歴史あるもの」です。受継いでいただきたい。選ばれしあなたへ。

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